1872年東京 日本橋
1933年東京 日本橋
1946年東京 日本橋
2017年東京 日本橋
1872年8月〜10月北京 前門
現在北京 前門
1949年前後北京 前門
1930年代北京 前門
1895年台北 衡陽路
1930年代台北 衡陽路
1960年代台北 衡陽路
現在台北 衡陽路
1904年ソウル 南大門
2006年ソウル 南大門
1950年ソウル 南大門
1940年代初ソウル 南大門
台湾島の中央には、南北に走る山脈が横たわっている。その周りに広がる「山地」はかつて「蕃地」と呼ばれた場所であり、つまり台湾原住民族の伝統的居住地域である。
台湾社会が激動の変化を迎えていた1970年代、原住民族社会も大きな転機を迎えていた。農業などの従来の生業形態では、貨幣経済が浸透した原住民族の生活を支えることは難しくなっていた。現金収入を得るため、若者の多くは台北などの大都市へと向かった。
しかしそこで若者たちを待っていたのは厳しい状況であった。彼ら・彼女たちが就くことができる仕事の大部分は、肉体労働などのハイリスク・ローリターンのそれに限定された。都市での生活においては、苛酷な労働環境、低賃金、不安定な雇用状況といった経済面の苦境だけでなく、社会的な差別や偏見にも立ち向かわなければならなかった。原住民族のアイデンティティの動揺も激しく、精神的危機として青年たちの心に重くのしかかっていた(謝世忠「スティグマ化したアイデンティティ」)。伝統文化の衰退や社会的紐帯の脆弱化、山地集落(「部落」)の空洞化、などの原住民族社会全体の問題も表面化して、ついには民族存亡の危機さえ叫ばれるようになった。
このような状況のなかで、大都市に出ていた原住民族の学生たちが声を上げ、原住民族運動が開始された。これが1983年のことである。翌年には運動組織である台湾原住民権利促進会が成立した。
原住民族運動をめぐる状況は決して楽観的とは言えなかった。当時台湾社会はいまだ国民党の一党独裁体制下にあり、社会運動を組織することはもちろんのこと、参加することさえ、かなりのリスクを覚悟しなくてはならなかった。しかし、いわゆる台湾の民主化の流れの中で、「党外」関係者との共闘関係を築き、学者からの支持、キリスト教団体からの支援などを受けて、運動は拡大していった。
デモなどで掲げられる「土地を返せ(還我土地)」「名前を返せ(還我姓名)」のような主張やスローガンの一つ一つが社会問題やその争点を示すものであった。そうした主張はすぐに受け入れられるということはなかったものの、対外危機に伴う台湾社会全体の変化を背景に多文化主義への広範な支持が広がると、着実に受け入れられるようになった。
「原住民族」という名称自体が、運動を通して勝ち取ってきたものである。原住民族運動開始以前には、原住民たちは、統一した自称を獲得していなかった。「山地同胞」といった名称は存在したものの、それはあくまでも他称である。しかも場合によっては「生蕃」などの差別的呼称で呼ばれるということもあった。原住民たちは、社会運動において「名を正す」ための主張を掲げ続けることによって、1994年には「原住民」(のちには「原住民族」)という自称を憲法(正確には中華民国憲法増修条文)に明記させるという大きな成果を得た。やはりデモで求められていた原住民族関連の行政事務を専門に掌理する政府機関の設立は、行政院に原住民族委員会が設置されることで実現した(1996年)。原住民族母語の保護、伝統文化の保護も、原住民族教育法の制定などによって保証され(1998年)、先住民族としての法的地位の保証も、原住民族基本法(2005年)の成立などによって実現をみた。
このように、原住民族運動が行われていた当時争われていた主張の多くは、原住民族の要求を反映した形で成果を見せつつある。しかし、エスニック・グループ間の和解、そして国連宣言(「先住民族の権利に関する宣言」)に示唆されているような政府と原住民族との対等な関係にもとづく和解という目標到達には関連法規の整備・実質化、民族自治体制の構想決定、エスニシティ認識をめぐるコンセンサスの実現など課題も多い。
こうした目標到達に向けては、近年積極的な動きも見られる。例えば、陳水扁政権下で行われた2000年の政府と原住民族との「新たなパートナーシップ」宣言、そして2016年に蔡英文政権下で行われた政府による原住民族への公式謝罪、などを挙げることができる。原住民族の先住民族としての位置づけや、こうした和解に向けた動きについて、台湾社会の中に大きな異論はないと思われる。しかし、「原住民族基本法」等で掲げられている理念や方策は既存組織や既存法規の壁に阻まれて十分に実現できていないのが実情である。したがって、こうした壁を乗り越えていくためのさまざまなサポート体制が必要となる。こうした体制づくりは現在進行中であり、上記国連宣言や移行期正義のシステムを参考に進められているが、今後どのような歩みを見せるのか予断を許さないところである。
松岡 格(獨協大学国際教養学部 准教授)
関連キーワード:先住民族 社会運動 移行期正義 和解
参考サイト
原住民族関係の法規・人口統計・公開資料など(行政院台灣原住民族委員會)
主要参考文献
瓦歷斯諾幹『番刀出銷』稻鄉出版社, 台北縣, 1992年
孫大川『夾縫中的族群建構』聯合文學出版社, 台北市, 2000年
謝世忠『認同的污名』玉山社, 台北市, 2017年
夷將坺路兒等編著『台灣原住民族運動史料彙編』行政院原住民族委員會, 國史館, 台北市, 2008年